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夏の前の雨の匂い

5/10 川で隔たれた町について

 

珈琲豆を売る前にピッキングをする。品質を保つために欠けた豆や虫に食われた豆を取り除かなければならない。欠けた豆はどうせ挽いて飲んでしまうのだから味は同じなのだけれど、見た目が悪いからはじかれる。僕も、そうしていた。

 

川で隔たれた町には両方に御神木がある。神様は土地につくから川を渡れないのかもしれない。両方の町の人たちが、向こうの町に憧れている。そして両方の町の人がそれぞれの町のデメリットを知っている。大工が橋を架ける。そして彼らはお互いの町を行き来するようになる。船渡しがいなくなり、川のことなど誰も気にしなくなる。彼らがそれぞれの町の違いについて認識するたび、橋はどんどん立派になり、川はどんどん深くなる。

 

部屋を掃除する。靴下はここ。パンツはこの引き出し。夏用の服はここ。コートはここにかける。部屋は綺麗になって、必要な時に必要なものがどこにあるかすぐ分かる。僕たちは白いTシャツと青いセーターの違いを知っている。そしてそれが必要な時も知っている。僕の身体を暖めてくれる服、まともに見える服、走りやすい服。「僕の持っている服の中で」は、そうカテゴライズされる。つまりお金持ちの君が夏用に分ける薄いTシャツを、僕は冬にセーターの下に2枚も着なきゃならないからそれは下着の下の棚に収納されることになる。

 

煎りの浅い豆もはじかれる。ほかの豆より煎りが浅いから。向こうの町はこっちの町より静かだから移り住む。ショッピングモールは遠くなってしまうけど、それは仕方がない。僕は静かな方が良いんだ。ヒートテックを買ったから薄いTシャツをセーターの下に着る必要がなくなった。だから春夏用の引き出しに移した。もうすぐ夏が来るからよく着るだろう。

 

僕と君の身体は何もかも違う。あの子と僕の身体だって同じところがない。胸だってあの子の方が大きい。君は僕じゃない。あの子も僕じゃない。知ってる?あの御神木、元は1つだったんだ。川を隔てたら祀り方も違った。僕は橋をかけたりしない。それに僕は貧乏性だから君の思う悪い豆をはじかないかもしれない。そしてお金持ちの君はそもそも青いセーターなんか着ない。悪趣味だって言ってたね。だけど僕には他にないし、割と気に入っている。

僕たちは同じ神様を信じてる。深い川を船渡しが渡る。神様の仕事を知ってる?川をいつでも清く穏やかに保つことだよ。

 

 

 

 

ザ・ミッドナイト・サファリ1

 

23時に西の踏切で待ち合わせる。高校が別々の僕たちが会えるのは夜だけだった。僕の家から踏切まではずっとゆるい坂道で、ギアの錆び付いた銀色の自転車にまたがっているだけでいい。僕はあの頃、そうやって何も考えず鼻歌を歌っているだけで、君に会いに行くことができた。

夏でも夜は冷える。まるで水中にいるみたいだ。夜露で知らぬ間にTシャツが湿る。肌は冷えているのに、うなじに汗が伝っていく。

僕らは落ち合ってろくに挨拶もせず、ただ変なジョークばかり言った。さっき二頭身のおばけとすれ違ったんだけどさ、わたパチ食ってたよ。幽霊もわたパチ食うんだね。いやそれ多分死んだ時鼻に詰める綿だね。自分で詰めるんだ。

いつもそうだった。挨拶なんか、他人同士のすることだと思っていた。

プールに着くと、自転車を投げ出して僕は走り出し、フェンスを乱暴に越えてプールへ飛び込む。そして彼女が「もう!静かにしてよ!」と怒る。彼女はいつもプールには入らない。飛込み台に座って、白い足の先で水を蹴るだけ。僕の知らない誰かにメールを打ったり、僕に向かってチーズ味のカールを投げつけたりする。君っていつも生理なの?と僕が尋ねると、バカなんじゃないの、と彼女は怒った。僕は満足した。彼女は多分メールの相手には、そんな風に怒ったりしないからだ。それにきっと、挨拶をしてから、僕の知らない色んなことを話し始めるのだ。

 

そして僕たちは時々、真夜中にデパートの屋上へ忍び込んで、安いスピーカーからアジカンを流しながらおやつを食べた。空が白むまでたくさんの話をした。いくら話しても話し足りなかった。もう何を話したのか知っているのはあの時の僕たちだけだ。ただ、彼女は僕の歌っている声が一番好きだと言ったし、僕は彼女が一番好きだと言った。彼女にはいつも好きな男の子がいた。多分もう僕の知らない色んなことをやっていた。でも僕は、彼女が一番好きだった。そして僕が男の子について知っていることは、大体みんなヒーローやゲームが好きで、いつも何かに一生懸命だということだけだったから、彼女は何も話してはくれなかった。

一度だけ、道で大きなカリンを拾った日、僕は彼女に、女の子ってちんちん舐めなきゃならないの?と尋ねた。彼女は血相を変えて僕に「何があったのか話して」と凄んだ。僕が長谷川のちんちんにびっくりして逆上して逃げ出してしまったと洗いざらい話すと、彼女は大笑いした。そしてあなたにはまだ早い、と言って、そういう大事なことはちゃんと話してよね、と少し怒った。

なんだよ、自分は何も話さないくせに。彼女はいつも僕より大人だった。

 

僕はその頃ミッシェル・ガン・エレファントを聴いて、女の子を辞めることにした矢先の出来事だったので、それ以降「そういう大事なこと」を話す機会は訪れなかった。僕は石鹸で髪を洗うようになり、ニベアメンタームのリップも捨て、ピンクのシーツを燃やして母親に叱られた。父親にエレキギターを買ってもらい、ブラジャーを燃やして母親に叱られた。もともと胸なんかかなったから困らなかった。今もブラジャーは一つも持っていない。

 

僕がギターを弾いたり絵を描いたり大介とラジオの真似事をしてカセットテープに声を吹き込んだりしている間、彼女はどんどん綺麗になった。無印良品の化粧水をつけ、チークを入れ、ダイエットをし、肌なんて透けるくらい白かった。みずいろのスカート。それは僕らの終わりを象徴するアイテムだ。憎むべきラブリー。恋のモチーフ。絶望のカーテン。とにかく最悪な代物なんだ。

 

僕は彼女がモテるかどうかなんて少しも興味がなかった。僕はもちろんモテなかった。髪なんかチリチリだし、高校で僕に話しかけてくれるのなんて優等生のゆかりちゃんと幼なじみの大介だけだった。実際彼女がモテたかどうかはわからないけれど、気になった男の子を落とすくらい容易かったと思う。けれど、僕は彼女の一番の友だちだったし、僕は彼女が一番好きだった。他に好きな人なんかいなかった。

僕といる時の彼女は全然チャーミングじゃなかった。不思議なことに彼女を可愛いと思ったこともなかった。僕は本当に、頭が幼稚園生から発達していなかったのかもしれない。ただの友だちだったんだ。少し考えたら分かる。彼女は僕よりも、恋が好きだったってことくらい。そんなの、女の子なんだから普通のことだ。だけど僕はブラジャーをしていなかったから、そんなことに少しも気がつかなかったのだ。

ある日突然みずいろのスカートが目の前をかすめ、一瞬目を瞑った隙にすべての景色を変えてしまったように僕は思った。

 

5/1

 

僕は誰かの夢の話を聴くのがとても好きだ。

好きなものの話を聴くのも好きだけれど、それは気をつけないといけないことがたくさんある。好きな気持ちに優劣をつけるのはアホらしいという意見もあるけれど僕は、もしも誰かが何かをうんと好きな時、それについて失礼なことを言ってしまうことを恐れている。もちろんひどいことを言ったりよく知らずに貶したりはしないけれど、それでも時々気分を悪くさせるようなことを言ってしまうかもしれない。だから好きなものの話には少し臆病な気持ちがある。僕も出来たら好きなものの話をしたいけれど、いつもうまく話せなくなって悲しい気持ちになる。特に僕は僕の矛盾を正しく説明できないのが問題だ。

それに比べて夢の話というものは、脈絡もない、オチもなくていい、面白くなくてもいい。辻褄が合わなくても誰も責められないし、お互い変な気分になる。僕はその変な気分はセンスオブワンダーだと思っている。

 

先生の研究室にいた頃、みんなは熱心に古い漢字だけで書かれた本を読んでいた。そこがそういう部屋だったからだ。僕も何冊か読んだけれど全然わからなくて、先生に語って聞かせてもらった。先生が話せばどんな漢字だらけの本もとても面白かった。けれど先生は、これは私だけの解釈ですからと必ず付け加えた。

これは私だけの解釈ですから。君の物語ではありません。多分そういう意味だったんだと思う。

僕がその部屋に顔を出さなくなって久しく、猫を拾って間もない頃、空き教室で先生に会った。先生は突然、君はフロイトユングの本を読んだことはありますか、と尋ねた。僕がないと答えると、きっと好きですと教えてくれた。

僕は先生がどうしてそんなことを知っているのか不思議に思った。その頃ちょうど僕は半分夢の中で生きていたからだ。僕は脳みその半分を非現実的な日常に貸し出していて、そこにある緑の自転車や女の子の背負うリュックについて正確に把握できる事がほとんどなくなってきていた。たとえばその景色が「緑色の女の子が自転車を背負っている」と認識されるような感じだ。それがまるで夢のようで、僕が本当は夢を見ている蝶だと言われても驚かなかったと思う。言語野の秩序が乱れたことによる認識の歪みが原因だった。僕はそれから図書館へ行って、ユングフロイトの本を探して、水槽に浮かんでいる脳みそのことを考えながら読んだ。

 

僕は毎日解釈する。なるほど、大事にしていない皿が割れても悲しくないのか。なるほど、パンは耳までジャムを塗らないと一口目が美味しくないのか。なるほど、緑色の女の子はこの街にはいないのか。なるほど、なるほど。

そして誰かの夢の話を聴き、デタラメなイメージと原始的なメッセージを解釈する。そして僕は不思議な気持ちになる。僕と君は蝶に戻って、変な夢だったねと笑ったりする。それだけの取るに足らなさ、くだらなさ、おかしさが実はこの現実世界で起きている出来事だと醒めて気付き、僕は言葉を整理し認識する。僕は誰かの夢の話を聞くたびにその作業を無意識下で行う。

 

ところで僕の夢の話を聞いてくれないかな。汚い部屋だ。ビールやチューハイの空き缶やタバコの吸い殻が机の上に散らかっていて、季節外れのコタツ、ヤニ臭いカーテンを閉め切ってまるで健康的でない部屋だ。男の子たちは寝心地の悪い服で誰もが顔をしかめて眠っている。デジタル時計は午前5時。洗面所にあったスクラブ入りの洗顔で勝手に顔を洗い、トレーナーの袖で顔を拭く。狭くて臭い台所から6畳にひしめき合う男の子たちが見ている夢を想像しながら煙草を吸う。海の底はこんな感じなんだろうか。海の底には灰皿があるだろうか。自動販売機があれば、まずい缶コーヒーを飲み干してそこに灰を落とせばいいけど…。突然冷蔵庫が唸りだして1人の男の子が目を開けたけれど、すぐに閉じてしまった。この人たちは目を覚ましたらどこへいくつもりだろう。多分当てなんかない。僕は?急に寒気がして電源の付いていないコタツに入る。足の臭いやつがいるな…そりゃそうか…。昨日一日中騒いでたんだ。まるで今日で世界が終わるみたいに破滅的に。みんなが起きたら夢の話を聞こう。またやってきた白々しい朝に気分が悪くならないように。眩しい帰り道で悲しくならないように、なんか話してよ。みんなが起きる前に歯ブラシを買いにコンビニへ行こう…と思ったところで目が覚めた。

 

4/28

 

僕が千切ったと分かってて、どうして「ヒナギク千切ったの誰かしら?」なんて尋ねるんだろう。僕が「知らない」と言ったらもっと失望することになるのに。おかしな話だ。

 

今日業務用スーパーのエスカレーターで、前に立つ黒人の男が突然振り返り、僕に「大丈夫ですか?」と尋ねた。赤いシャツがよく似合っている。iPhone純正のイヤホンもよく似合っている。彼がどうして僕にそう尋ねたのか分からないけど、僕は心配されるようなことはないので「大丈夫です」と笑顔で答えた。これはヒナギクとは違う。理由は分からないけれど、ただ彼は僕が大丈夫かどうか、純粋に知りたかっただけなのだ。そして僕は嘘をつかなかった。彼は続けて「名前はなんですか?」と僕に尋ね、僕は本当の名前を教えた。平安時代なら僕たちは結婚することになるところだ。彼は僕の名前を一度口に出してから、「それはどういう意味ですか?」とまた尋ねる。これは実に難しい質問。昔ヴァネッサにも聞かれた。僕がobedientと言ったら、そんな名前つける親がいるかしらと彼女は首を傾げた。彼も肩をすくめていた。

 

僕の名前は、両親が山梨へ行った時に寄った喫茶店で働いていた、女の子の名前らしい。マスターやお客さんがその名前を呼んで、彼女が返事をする。それで2人は思ったのだ。こりゃ呼びやすい名前だ。名前は呼びやすいのがなにより。

たしかに僕はあだ名をつけられたことがない。みんな僕の名前を何度も呼んでくれる。僕はこの呼びやすい名前がとても気に入っている。そして僕はよく躾けられた芝犬のように、元気よく返事をすることができる。obedient。

 

母が「ヒナギク千切ったの誰かしら?」と僕に尋ねた時も、一応は嘘をつかなかった。僕は、僕が千切ったのだと告白した。ただ母のために摘んだとは言わなかった。僕は姉にも責められた。千切っちゃうなんて可哀想でしょ。頑張って咲いたのに…

花が可哀想というのは、不思議な感じがした。みんなはよくシロツメクサで花かんむりを作っていたけれど、可哀想と思っていないように見えた。つまるところ僕の失敗は、摘んだヒナギクを束ねる青いリボンを持っていなかったことなんだろう。

 

花屋で働いていた頃、シャッターを上げて、夜の間に混ざり合った花の匂いを嗅ぐのが好きだった。残業を終える頃には花の匂いなんて分からなくなってしまう。そして店長が尋ねる。「今日何時まで大丈夫?」僕は「終電までなら」と答える。ヴァネッサはhonestと訳すことを提案してくれたけど、「今すぐ帰りたいです」なんて言わない。僕は飼い主に気を遣う、よくできた芝犬なのだ。

 

どう答えるべきかなんてだいたい決まっている。調子はどう?まあまあ。どうしたの?なんでもないよ。どうして靴下を脱ぎ散らかすの?ごめん。このワンピースどう?すごく似合ってるよ。obedient。

 

でも僕は一応嘘はつかなかった。僕は自我を持った兵隊だ。ソリを引く時は、一番うまく走ろうとする。芝犬はソリを引かないけれど。僕は僕の意思で一番よい言葉を選んで返事をする。ワン!

 

失望されることはもちろん嫌だ。僕はナルシストだから自分のせいでだれかが嫌な気持ちになるのも嫌だ。僕と話してくれる人はみんな嫌な気持ちにならないといいといつも思う。言わなくていいことは言わなくていい。だけど健全なコミュニケーションには正直なことが大切らしい。一応は嘘をつかないという卑怯な方法も、あながち間違いではないということかもしれない。つまり青いリボンで束ねることが重要なのだ。千切って投げるだけなら猿でも出来るし、それはhonestじゃない。もしそうしたなら母は「どうしてそんなことするの!」と怒ったかもしれない。それで僕が「お母さんにあげようと思って」と弁解すると「お花が可哀想でしょ、そんなの嬉しくないわ」と彼女は答え、姉はクスクス笑ったかもしれない。

心にあるものを正しく渡すには、青いリボンをたくさん持っていなければならないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

4/21

 

薬局にいる化粧の濃い白衣の人に声をかけられてへどもどする。これなんか結構人気のファンデで肌に乗せるとパウダーになるんですよ、重ねても厚ぼったくないしこの下地と合わせると化粧崩れしにくくて、オススメですねー…

彼女は僕の知らないことをたくさん知っていてすごい。光を拡散させて毛穴を隠します。指でランダムにつけるとナチュラルに色づきます。ティントなら落ちにくいです。茄子は揚げなくても煮浸しが出来ます。キスするときは目を閉じます。イタリアの猫はスパゲティを食べます。お客様の肌色ですと雨の日のロバなんかお似合いだと思います。

彼女なら宇宙人が好きなガムの味を知っているかもしれない。

僕はおしゃれのことは何も知らない。リンスとコンディショナーとトリートメントの違いもわからない。だけどリンスはレモンの匂いが好きだよ。ガムはブルーベリー味が好きだ。

街を行く女の子たちはみんな着飾ってとても素敵だ。可愛くて綺麗でカモミールみたいないい匂いがする。僕が触ったら消えちゃうんじゃないかってくらい繊細で、あんな子たちに笑いかけられたらきっと一日中いい気分でいられる。花なんかよりずっと素敵な生き物だ。

 

小学生の頃、こっちゃんというおしゃれな女の子が昼休みにみんなを集めて、少女雑誌の後ろについている広告の通販代行をやっていた。手数料もかからず良心的な代行業だ。みんなはプラスチックで出来たキラキラの指輪やネックレス、ヘアピンを吟味し、こっちゃんへ「0156番のピンク頼んで!」とお願いする。次の週の日曜日にこっちゃんの住むマンションへ行ってお金と品物を交換する。僕も一度ついて行ったことがあるけれど、女の子たちがアクセサリーを手にしてうっとりするのを眺めているのは、悪くなかった。

彼女たちはこっちゃんのお母さんが使っている鏡台の前に代わる代わる立ち、アクセサリーを身につけて少しはにかみ、その格好のまま帰った。こっちゃんがピンクのリップや剥がせるマネキュアを彼女たちに塗ってあげたりすることもあったようだ。彼女は僕にもそれを勧めてくれたが、僕は恥ずかしくて断ってしまった。

 

その頃僕はカタツムリの殻を集めるのに飽きていて、家の絵を描いていた。立方体を描く方法を発見し、それを駆使して理想の家を何枚も描いた。絵の具もよく食べた。やはり青い絵の具はうまかった。しかし僕にも彼女たちと同様に美意識はあり、電車を見に行くときは必ず黄緑色のTシャツを着た。キハ48旧新潟色には黄緑色が一番似合うと思っていたからだ。

 

アルバイトをするようになってから、社長の奥さんに化粧をしろと口を酸っぱくして言われた。僕は途方にくれて友だちの女の子に何を買えばいいか尋ねると、彼女はこっちゃんのようにワクワクした様子で僕にあれこれ教えてくれた。ファンデーションの前には保湿をして下地を塗るの、アイメイクとチークは控えめにして野暮ったく見えるから、リップはピンクより赤いのが似合うね、頬杖をつかないで!それと眉をしかめないでね…

代わりに何かを彼女に教えてあげたかったけれど、僕は彼女にとって不必要な経験しか持っていなかった。家の描き方や絵の具の味なんて、素敵な女の子には剥がしたフェイスパックよりも価値のないものなんだ。結局彼女にはクレープを奢ることにした。彼女はミックスベリーのクレープを食べ、僕はハムとチーズのクレープを食べた。

 

今日薬局でそれらのことを思い出し、僕はあれからこっちゃんのような女の子たちに何か差し出せるものを手に入れただろうかと汚いクローゼットをひっくり返してみたけれど、やはり何もなかった。それどころかどこかのバーが作ったわけのわからないTシャツを着て伸びた髪も乾かさず煙草を吸っている。恩知らず。

 

実際、僕が今更おしゃれになったら誰かに笑われてしまうんじゃないかと考えたりする。更に言えばおしゃれになれる気がしないよ。僕にとってそれは双子の喧嘩の理由やモグラの昼寝くらい外側の話に思える。正直に言えば姉の結婚式のとき、ベージュの裾が広がったドレスを着てパールのネックレスをつけ、ラメの入った踵の高いパンプスを履き母が髪を編み込んだせいで、僕は2日も蕁麻疹に悩まされたし、靴擦れと謎の股関節の痛みに生活が困難になった。それに、腹がキツくて料理もろくに食べられなかったし、何度か背中の筋肉がつった。けれどやはり、先輩や親族が綺麗な服を着て華やかな化粧を施しているのを眺めるのは悪くなかった。みんなとても美しかった。

月や星は美しいけど、僕は月や星になりたいと思ったことは一度もない。もちろんキハ48になりたいと思ったこともない。僕はその美しいもののためにそれを台無しにしないようなポーズをとるので精一杯だ。

 

だけどどんな言い訳を考えたところで事実僕は女で、そういう形を求められる状況も多い。変な意地を張っていないで、こっちゃんに剥がせるマネキュアを塗ってもらえば良かったのだ。ミックスベリーのクレープを食べるべきなのだ。僕は実のところ恥ずかしくなければそれくらい喜んで出来る。太ったパグがリボンを付けていても誰も笑わない。通り過ぎるだけなんだ。

 

 

 

 

4/16 珈琲とずれた時計の直し方について

 

 

僕は、喫茶店には必ずどの席からでも見えるように時計が置いてあるべきだと思っている。どんな時計でも構わないけれど、出来たら壁掛けの時計で2分くらい遅れているといい。

なぜなら喫茶店という場所は時間を忘れて過ごすためにあるのではなく、ずれた時間を調節するためにあると僕は考えるからだ。

 

昔アンディー・ウォーホルのバナナが描かれた腕時計を恋人にプレゼントしたことがあるけれど、長く使っているうちにいくら電池を交換しても必ず狂ってしまうようになった。しかしながら腕時計は特に、正確な時間を伝えることだけが仕事じゃない。ステータスやセンスを表すこともあるし、優れたバナナのデザインを持ち歩くのにも向いている。けれど決まってずれてしまうようなら一度修理に出すべきだろう。僕たちの好きなラジオ番組はオープニングトークが時々とても面白いから、聞き逃してしまうのは損なことだ。

 

St.GIGAというラジオ番組についての曲を書いたことがある。

 

時間というものは確かに存在しているが、時計の示す数字は、水頭症の彼が言っていたように、定義に他ならない。それはいつでも変わらず、日が長くなっても、潮が満ちても、一定のリズムを刻む使命がある。僕らの生活や感覚とは無関係に規則正しい働きをする。その為に時々僕らは時計の示す時間と実際に身体を吹き抜けていく時間のあいだにずれを感じる。ずれたままいるのもいいけれど、社会では大抵の場合、時計の示す時間によって約束を決めたりする。そして僕たちはその時間と身体の感覚を擦り合わせて生活することで信頼や安心を得ている。

僕たちは時折、非常識な夜を与えられる。ある女の子はそれを魔法と呼んでいたけれど、僕たちにとっては呪いと呼んでもいいものかもしれない。浦島太郎になってしまったような気分にさせる夜。竜宮城で僕たちの身体を吹き抜けていく時間は天女の羽衣のように静かにうねり、ねじれ、ひるがえっているので、浜に戻るとまるで訳がわからなくなっている。アスファルトを踏む革靴の音の中で軌道を外れた人工衛星のように悲しく浮かんでいる。

僕たちはそれを何度も経験するうち、ついにアスファルト上の軌道へ戻ることのできるシステムを開発した。起きたら風呂に入り、歩いて15分ほどの喫茶店へ行き、熱い珈琲を飲む。これによって僕たちの身体は、その茶ばんだ喫茶店の壁に掛けられた時計が示す時間に少しずつ近づいていくことができる。おそらく80回以上の実験結果から言えば、成功率は100%だ。

しかし残念なことにこの街には僕らが何度も通った喫茶店はない。そこでアパートの狭い部屋で珈琲を淹れて飲むことにした。成功率は60%といったところだけど、無いよりはいい。しかしこれは珈琲自体の効力ではなく、僕らの構築したシステムがある上でのツールの記憶が発動しているに過ぎない。これが示すのは、かつていた軌道上へ戻るための儀式を刷り込んでおくことが重要だ、ということだと思う。

 

しかし、僕たちには壁掛けの時計が示す時間の他に、同じように揺るぎないシンクロニシティを生む不安定な時間の流れを持っている。それは月の満ち欠けや潮の満ち引きのようにそれぞれのリズムを持ち、St.GIGAが採用していたタイド・テーブルのように進行していく。時々、「春の暖かい日でもっとも潮が満ちていてトビウオが浅瀬へやってくる夜」のように僕らにとっては素敵な時間を生んだりする。

僕たちの中にもそれぞれタイド・テーブルがあり、僕が呼びたい名前を呼んだ時君も僕を呼んでくれるリズムの重なりが、どこかで生まれることもある。それは僕らにとって、とても素敵な時間を生んだりする。

 

君が腕のバナナを見る、僕が珈琲を淹れる、彼がアスファルトを踏み鳴らす、彼女が魔法の夜に不思議な気持ちになる、異なる軌道を描く僕たちの時間が、喫茶店の壁時計の上で重なり合う瞬間が一度でも多いといい。今までよりもっと多いといい。僕は儀式を続ける。正しいリズムで君のこと呼べたらなと思う。

 

 

 

4/7

 

世の中のたえて桜のなかりせば

春の心はのどかからまし

 

僕にも色々悩みがあるけど、友だちに相談したりしない。僕の悩みは僕だけのものでいい。だから時々どうしようもない日々が続く。どうしようもない日々が続くと、死ねば楽になるような考えが浮かぶ。でも僕は実際、死んだことはないからそれが楽かどうかは知らないし、多分あんまり楽しくない。

 

最近素敵な子たちに会った。僕は素敵だと思うものが多い方がいい。彼らもそうだから好きだ。だけど僕の友だちたちが浮かれちゃって先輩風を吹かせて少し恥ずかしい。そんな友だちのことも可愛くて好きだ。姉に子どもが産まれて、写真が送られてくる。姉によく似ていて、小さくてとても可愛い。一日中眠る猫が暖かい。桜にあたる雨が美しい。土の匂いが若く、湿った光が透かす街は夢のように優しい。僕が死ななきゃならない理由が1つもない。

 

僕には好きな曲は沢山あるけど、去年から「悩み事はレモンドロップのように溶けて」という歌詞がとてもいいなと思っている。over the rainbowの歌詞。オズの魔法使いのストーリーって素晴らしいよね。僕は悩み事が悩み事のまま僕の何かをダメにしたり悪くしてしまうことが幸いにもなかった。なくなったわけじゃなくて、口の中で溶けて飲み込んだということになる。誰にも語らず、身体のどこかで何かになっている。僕は酒も飲めないし、擁護のしようもないくらいインドアだし、これと言った発散方法は特にないけど、これからもうまく付き合っていきたいと思う。

 

これからはもっといろんな人と会話したい。相槌じゃなくて、話せたらいいなと思う。たとえば温水プールみたいな夜の話とか、ナイター中継とメンソールの話とか、踏切とチェックのマフラーの話とか、年相応の手袋とセーターの話とか。水頭症の男は少し休んでもらって、もうトイトイも春子さんも出番が減るといい。僕の悩みは僕だけのものだ。桜がなかったら春の心はどんなにのどかかって、死んだらどんなに楽かって考えるのに似てる。僕はレモンドロップの味を散る桜のように名残惜しみながらのみ下すことに何も感じなくなったりしない。