長い間土の中にいた僕らの友だちが初めて話す声を、今日僕は聞いたけど、それよりも1日早く僕たちは夏をやったので得意な気分になった。 昨日、友だちが運転する車の窓から夏に咲く花が見えた。僕が、好きな花だ、と言ったら二人は「タチアオイ?」と声を揃…
また扁桃炎になってる。扁桃炎になる度僕は死ぬことを身近に感じて憂鬱になる。 最近、二枚の同じ皿の上にそれぞれ、石鹸とカシミヤの靴下を乗せてとやかく言うヤツが多過ぎる。そもそもどっちも食えない。どっちもグレープフルーツ風味の醤油ソースなんか合…
僕は割り算が出来なかった。何度説明されてもまるで意味がわからなかった。特に「割られる数の中に割る数が何個くらい入るか」という予測が出来なかった。その文章の意味さえよくわからない。実際今もよくわからない。 そもそも1+1もわからなかった。でもそ…
僕は誰かの夢の話を聴くのがとても好きだ。 好きなものの話を聴くのも好きだけれど、それは気をつけないといけないことがたくさんある。好きな気持ちに優劣をつけるのはアホらしいという意見もあるけれど僕は、もしも誰かが何かをうんと好きな時、それについ…
薬局にいる化粧の濃い白衣の人に声をかけられてへどもどする。これなんか結構人気のファンデで肌に乗せるとパウダーになるんですよ、重ねても厚ぼったくないしこの下地と合わせると化粧崩れしにくくて、オススメですねー… 彼女は僕の知らないことをたくさん…
僕は、喫茶店には必ずどの席からでも見えるように時計が置いてあるべきだと思っている。どんな時計でも構わないけれど、出来たら壁掛けの時計で2分くらい遅れているといい。 なぜなら喫茶店という場所は時間を忘れて過ごすためにあるのではなく、ずれた時間…
世の中のたえて桜のなかりせば 春の心はのどかからまし 僕にも色々悩みがあるけど、友だちに相談したりしない。僕の悩みは僕だけのものでいい。だから時々どうしようもない日々が続く。どうしようもない日々が続くと、死ねば楽になるような考えが浮かぶ。で…
この街の素晴らしいところは、アダムとイヴより先にオールド・ワイズマンがいたこと。彼はまずどんな季節でも良い詩が浮かぶように、真っ直ぐな並木道を作った。彼はそこを何度も往復することで素晴らしい詩をいくつも書き、詩はその並木に様々な価値を与え…
僕には夜中だけ話す水頭症の男がいる。 彼は夜の間ならいつでも話すことができる。しかし話すと言っても、大体は彼の独壇場である。彼の頭に血を運ぶのは人工パイプで、更に彼はシンセンショウという病気のせいで右腕が年中子猫のように震えている。 彼が信…
去年の3月末、釣りに行った。 釣りなんかしたことがなかったけど、泊まっていた旅館のパンフレットに『3/29 釣り堀オープン』とあったので、チェクアウトした足で釣り堀へ向かった。生憎雪で、道は悪く、着いた先は河原の湿った茶色い林だった。 受付のおっ…
七日町交差点の角にあるミスタードーナツで、ランボーの『地獄の季節』を知った。僕はハニーディップと無限におかわりができる薄いコーヒーを頼んで、通りが見える席に座る。 あの可愛い小さい街は特に夏が良かった。祭りがあって、僕らはまだ小さい猫も連れ…
2010年、名古屋の山崎川にスナメリが迷い込んだというニュースをブラウン管のテレビで見た。その年は、タイで反政府デモの弾圧があり、国軍が参加者を銃で打ったり、尖閣諸島で中国船と日本の巡視船が衝突し大きな抗議のデモがあった。 僕はみんなが強く思う…
数学者が数字を信頼するように僕はフィクションを信じている。 妙なリアリストに会う。彼らはどうしてか政治家を目の敵にしている。僕にはわからない話だから、やはり穴のように黙って文章を吸い込むしかない。彼らが語るべき相手はどう間違っても僕ではない…
僕は言葉を覚えるのが遅かったけれど、6つの頃ピアノの椅子から転げ落ちて、頭を打ってから堰を切ったようにお喋りになった。 僕の喋りたいことは正しく機能する言葉で、順番に並べることができたし、うまく伝わらないときは上手なたとえ話をすることも出来…
上司がポケベルの話をしてくれた。閉塞的で親密なコミュニケーションツールだった。彼女たちだけが分かる暗号で、熱心に少しの言葉を伝え合う。すごく素敵だ。 まがいなりにも音楽をやって、色んな人に会った。家のないフォークシンガーとか薬中のパンクロッ…
言い慣れた言葉が出てこない。正確には、あらゆるタイミングで白々しく響く予感が結末まで教えてくれていたので口にするのが憚られる。馬鹿じゃないそれくらいわかる。だけど伝えるべきことはそれ以外になかったと思う。彼が同じように、その状況を防ぐため…
足の悪い老人が、昼過ぎに太ったビーグル犬を散歩させている。 子供の描いたようなデタラメな絵がプリントされた安いナイロンのアウターを着た少女が、120フィルムのプラスチック製カメラを構えて冴えない音のシャッターを切った。キッチュ・キッズはここ最…
映画や小説、演説や音楽に僕たちが見てるのは結局のところ「嘘つきかどうか」で、内容も何も本当のところで重くない。「正解かどうか」ももちろん関係ない。創った人が本当のことを言っているかどうかだ。どんなに無様でも本当のことを言った人の方が、隅々…
安いぼろアパートに住んでいる。湿気がひどいこと以外特に不満はない。むしろ良いところがある。駅から近い。それに夜景が見える。 夜景はキレイという感じじゃない。ここは山を切り拓いた住宅街で坂が多く、細い道路に沿って家々が密集しているので実に生活…
突然心を鷲掴みにする何か、法則性の無い何か、これまで偶然発見出来ただけで、これからはどうかわからないことが不安だ。それは人生に意味とか喜びをもたらしてくれることもあったし、今もただ風に弄ばれるボロ切れのように引っかかりなびくだけで、何も与…
月の映らない窓に帰るまで、実に様々な出来事があった。紫色のニットのワンピースは裾がほつれて袖も伸びきってしまったし、小屋に住み着いたネコが三匹も子供を産んで、立葵が群生していた西の踏切は綺麗にコンクリートが敷かれた。真新しい不必要な駐車場…
喪失感に名前をつけることが出来るのわたしまだ救いがある。 何時間も眠れない日は何か食べてその味を分析して余計なことを考えないようにする。甘い甘すぎる辛い苦い…
僕にはリビングに一番近い部屋があてがわれていたが、曽祖母が死んだすぐ後に彼女の部屋に移った。和室の六畳間で、押入れの襖一面に描いた絵や好きな映画のポスターや広告を貼った。 冬は石油ストーブを焚いて沸かしたお湯で変なお茶を飲んでいた。姉がダイ…
僕の未来に期待していた母には、悪いことをした。ひしゃげて薄汚れた文庫本の切れ端を握りしめ「これが私だ」と戯言のように繰り返す人生を、勝手に生きてけ。それしかないんだろ、お前には。何が自分だ、版画じゃねえか。と、鏡に言う。 昔友だちに、ラーメ…
僕が高校一年生の時友だちだった沖野くんは、映画監督になるのが夢だった。 沖野くんは自分で脚本を書いていて、僕にいくつか読ませてくれた。中でも修司というキャラクターが出てくるものはいつも面白く、冗談しか言わない沖野くんが本当に話したいこと全部…
まず初めにつがいの肉食獣がいる。彼らは避妊をしないので数え切れないくらいの子どもがいるはずだが、どこを見渡しても彼らの子どもは一匹として見当たらない。どこかへ行ってしまったのか、死滅したのかはわからない。ただこの世界には彼らと同じ生き物は…
僕の狭いアパートには猫がいて、晴れの日は窓辺でずっと眠っているし、雨の日には猫用ベッドでずっと眠っていて、夜も僕と一緒に眠っている。彼は時々夢を見ていて、耳や鼻がピクピクしたと思ったら手足をバタバタやる。何か追いかけているんだと思う。4、5…
「メスの犬はシナモンロールが好きか」と砂糖の研究をしている博士に尋ねたところ、それは解明されていない、と博士は首を横に振った。 ロシアの宇宙基地はいつも捨て犬募集の張り紙があり、表向きはクドリャフカに次ぐ宇宙犬の育成であるが、本当のところは…
人生においてすり減らないものリストを作ろうと思ったら紙がなかったし、よく考えたら紙なんか必要なかった。
こうやってこのままクサい自我を失ったフリして生きていったら、最終的にどんな人間になるんだろう。 僕にとって先生は肯定の象徴だけど、先生にとっての僕もまた肯定の象徴なんだろうと思う。だって僕が先生を先生たらしめてる門下生なんだから。門下生のい…