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天網恢恢

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真実はパチンコ玉のように事実を歪んで映している。誰にとっても必ず事実ほどつじつまが合わない。誰かと同じパチンコ玉を見つめても化け物のように奇妙にうねった自分が見える。
創作という行為において大袈裟に言って絶望と希望があるとしたら、それは「誰とも分かり合えない」絶望と「誰かと分かり合える」希望だ。孤独が共感を呼び続ける。
フィクションでしか真実は語られないと僕の先生はよく言っていたけど、今は全くその通りだと思う。多くの場合言葉はいつも正しくは遣われない。25年生きていた今でも、心の中のことをそのまますっきり言葉に出来たことがない。

海を見て感動したことはない。でももし今この地球上で1番チャーミングな女の子が現れて僕に「海を見て泣いちゃうくらい感動したこと、わかってほしい」と言ったらどうしたらいいんだろう。彼女だけじゃなく誰しもがいつだって誰かに何かをわかってほしいんだ。
たとえば彼女がその時見た海の美しさを丁寧に話してくれたとしても、彼女の泣いちゃうくらいの感動は僕には理解できない。この件に関して彼女は永遠にひとりぼっちだ。

最近はどこからか強い風が吹き上げる深い穴に向かって話を続けている。風が邪魔をしてなかなか、穴の中に言葉が降りていかない。そもそも僕の言葉が枯れ草のように軽すぎるのかもしれない。だけど他愛のないことだって僕には伝えたいことの一つだし、その中に潜んでる僕だけの真実を見つけ出すためには多分、こうして穴に向かって語り続けなければならない。