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ae.ao

天網恢恢

ふぐり丸たまお君の絶望と幸福

 

彼が私を嫌っているのは明白な事実である。

おそらく彼の幼少期に私が彼に対して行った一連の愛情表現がその主な原因である。例えば散策中の彼を無理に抱き上げて強く頰ずりしたり、首を掴んで布団の中に引っ張り込み湯たんぽとして活用したりといったことだ。

今彼が私の身体に積極的に触れてくる機会といえばオナニーの他ない。彼は特に私のふくらはぎを気に入っていて、私が寝転がるとすぐさまふくらはぎに跨りズボンの裾を噛む。私は自分のふくらはぎが好きではなかったが、彼がオナニーに活用してくれるようになってからは悪くないと思うようになった。あらゆる意味で彼は私のメシアなのである。

私たちは彼が部屋の外へ出て行かないように、出入りの際は素早くドアを閉める。ドアを閉めると突き当たりの窓がみしりと軋む。

悲しい音だ。彼はあと何回あの音を聞くことになるのだろうか。思い通りでない場所に置いていかれる、思い通りでない人間と2人きりになるやりきれない音だ。最悪な気分だろう。

飯が食えることが幸福だと思える時代を経験しないと、飯が食えることが幸福だと忘れがちである。時折思い出すと、自己欺瞞的な逃避を孕んでいるように感じる。

猫にはそもそも幸不幸の概念があるのだろうか。人間以外に人生においてその概念にすがるような生き物が存在するのだろうか。

それにしても彼は可愛い。大好きだ。もし人間が幸福を後天的に取得するというなら、猫にも可能だろう。私はいつか彼に幸福を自覚してほしい。そこに私がいなくても。