ae.ao

天網恢恢

11/19

 

生活はどうも難儀で気が滅入る。働けども我が暮らし楽にならず、隣の芝生は青い。

こんなに自分の生活だけで苦しく果たしてどんな芸術が生み出せると言うのか。

哲学者の母は奴隷制であると本で読んだ。

私は誰の母なのか。昔は、キリストにはなれそうもないが聖母マリアくらいにはなれると思っていた。とんだ勘違いだ。そこに女の諦めとプロレタリアートの現実が付き纏う。けれど、まあ、色んな人がいる。私には無理だったというだけの話である。

母には、悪いことをした。私の奇行を面白おかしく、街の人に話していた母には。

もう、自分を自分で養う価値がないようにも思う。甲斐性なし。ずいぶんつまらなくなったじゃないか。奴隷らしさが染み付いたじゃないか。そのまま、そのひしゃげて薄汚れた文庫本の切れ端を握りしめ「これが私だ」と戯言のように繰り返す人生を、勝手に生きてけ。それしかないんだろ、お前には。何が自分だ、版画じゃねえか。

 

昔友だちに、ラーメン屋で「自業自得」と言われたことを思い出す。確かにそうだ。誰のせいでもない。女が嫌ならやめればいい。奴隷が嫌なら戦えばいい。それを成し遂げるほどの、血が吹き出るほどの憧れがない。何もない。

 

自分の尻拭いをするために生活をしている。

ずっと車酔いをしているように気分が悪く、いつも背中が痛い。これもなにもかも自業自得だ。それでもまだ洗濯や炊事が出来るんだから、逞しい女だ。父方の祖母に似たんだわ。

土臭いごつごつした手と綺麗なんて言われたことのないような女。こき使われて家族を愛しているがさつで学のない女。私あなたが大好きだった。

 

飼っている猫がもっと走り回れるような広い部屋に越そう。猫はひとつも悪くないんだから。

猫は訳もわからず拾われてうちに来たのだから、自業自得でないのだから、せめて猫だけにはなんの我慢もなく生活をさせてやりたい。