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天網恢恢

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足の悪い老人が、昼過ぎに太ったビーグル犬を散歩させている。

子供の描いたようなデタラメな絵がプリントされた安いナイロンのアウターを着た少女が、120フィルムのプラスチック製カメラを構えて冴えない音のシャッターを切った。キッチュ・キッズはここ最近若者の間で巻き起こった自虐的なキッチュ・ムーヴメントに属する彼らの呼び名だ。下品な配色、安価でナンセンスなファッションほどもてはやされ、ローテクで傷だらけの電子機器を持つことがステータスとされている。彼らのおかげで倒産寸前の公衆電話の製作所の社員全員が、車を買い替えることができたほどだ。

キッチュ・ムーヴメントはファッションに限らず音楽にも影響を与えた。この新しいムーヴメントのBGMとして「レモンジャム」がいる。

ヒット曲は「I'm sue」。ボーカルのスミレが「アイム スー」「ライク スーシー」と拡声器で繰り返し、下手なドラムの上で鍵盤ハーモニカとリコーダーが同じリフを鳴らし続ける曲で、唯一ベースだけが落ち着いた一定のリズムを刻んでいる。「スーシー」が人名なのか避妊薬なのか麻雀の役なのか、キッチュ・キッズの誰も知らない。

00年代の子どもたちにこれ程までの情熱があったことに一番驚いたのは、彼ら自身だった。

キッチュ・キッズたちは、このムーヴメントこそが自分たちが真に求めていたものであると信じることができたし、初めて社会に自分たちが「居ていい場所」を見つけることができた気持ちを共有していた。

始まりは名前も聞いたことのないような芸術大学の文芸サークルで自費出版されていた雑誌「オール・フィクション」だったと聞いている。彼らは血眼で書き綴った小説をオール・フィクションへ寄稿し、どんなに自分が傑作と信じようが「なんちゃって」とお茶を濁すように、これらの全てが嘘だと言い切った。初めは予防線のつもりだったが、思いの外居心地の良いこの形態に「だって全部嘘だもん」と居直った彼らの作品群はある1人のアーティストの手によって、社会を彷徨う若者たちの前にメシアとして提示された。

レモンジャムのスミレは、そのアーティストについて「無垢なペテン師」と言っている。

キッチュ・キッズたちが本気で作り上げた嘘の時代に、太ったビーグル犬が悲しい目を向ける。足の悪い老人は1m先の地面を睨みながら手垢で汚れたリードを強く握りしめた。