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天網恢恢

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大学にいた頃は知りたいことなんかひとつもなくて、知ってることだけでどうしてか偉ぶっていたと思う。映画を見て本を読んで、それで友だちとあの俳優はどう、脚本がどう、この作家はすごい、あそこのスパゲティはうまい、そんなことばかり話してる。進んで調べるのも作家の生い立ちとか、映画の撮られた時代背景とかせいぜいそんなもので、時々月の出た夜に我々はどこから来てどこへいくのかを5分間程度、考える。不安になって恋人の眠る布団に潜り込み、ぴったりくっついて眠る。

悪いことをたくさんしてきた。良いこともいくつかしたかもしれない。私は恋人のことがとても好きだ。してやれることはひとつもない。私は傲慢のために恋人から離れるようなことはしない。彼については何も知らない。彼も彼については少ししか知らない。私は私を知らない。

大学を出てやっと知りたいことがわかったけど、それは高校や大学で勉強できた事だったかもしれない。知りたいことが分かっただけでも、過去のことを責めるべきでないと思う。

これまで食べてきたものは思い出せない。身体は確かにあり、重くて肩こりがひどい。恋人の身体も確かにある。寝ている首の脈打つところが見やすい。他の人のをじっと見たことがないからわからないけど。

あとは頭の中の問題だ。何を食べてきた人が誰とどんな風に抱き合って産まれた人が、長いこと、戦争と侵略と創造と破壊と憤怒、恋や生きる為にしてきたこと、街の名前、哲学者の奴隷、決意、信じた神様、崇めた山々こだわりの建築物、飲み込まれた社会というそれぞれのルールとシステムのこと、残っている情報からなんとか知らなきゃいけなかったのに。

 

ところで音楽のことは、やってきたのに思い当たらないのはあまり好きでなかったからかもしれない。いつ辞めても良いと思うのはもう十分すぎるほど勉強出来た(今の自分にとっては)からかもしれない。これも教育機関と同じで後々、気づくのかもしれない。だけど本当に良かったと思う。