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オーケー、ボーイズ&ガールズ

3/18 この街の神話について

 

この街の素晴らしいところは、アダムとイヴより先にオールド・ワイズマンがいたこと。彼はまずどんな季節でも良い詩が浮かぶように、真っ直ぐな並木道を作った。彼はそこを何度も往復することで素晴らしい詩をいくつも書き、詩はその並木に様々な価値を与えた。そして全てのものは、その価値の分かる者にしか正しく扱えない。今のところ彼だけがその並木の番人なのだ。

しかし彼は食べることをしなかったので死にかけた。彼の詩の素晴らしさを知る神様は果実の種を与えたが彼はそれを植えなかった。並木の美しさが損なわれるかもしれないからだ。彼は、詩以外のものを生み出さなかった。そしてついに彼は死んでしまった。哀れに思った神様は彼の脳みそに鳥の命を与え、いつでも並木から通りを見下ろせるようにしてあげた。

 

次にやって来たのがボーイとガールだ。ボーイは若く夢をみる能力があり、ガールはもっと若いが健気さを持っている。ボーイは仲間を探しに並木を捨てて出て行くと言う。ガールはこの素晴らしい並木の側で暮らしたかったが、この世界にはたった2人きりなのでボーイについて行くことにした。しかしどんなに遠くへ行っても彼らは彼ら以外の人間を見つけることが出来なかった。そして年老いてすっかり悲しい気持ちになった。彼らの心にはあの並木だけが暖かく、ガールは帰りましょうと言って、ボーイをおんぼろの乳母車に乗せてあの美しい並木へ戻った。並木は新しい価値を持ったのだ。

彼らの帰りを待っていた脳みそ鳥は、疲れ切った彼らをかわいそうに思い自分の身体を食べさせた。すると彼らは若返り、昔のように抱き合ってキスをした。そして子どもがたくさん生まれ、並木の周りに街が出来た。

 

100年が経ち、夢見るボーイの血と、健気なガールの血と、脳みそ鳥の、オールド・ワイズマンの血が混ざり合った様々な人間が生まれた。

一番たくさんいるのは、メリー・ルー。メニー・メリー・ルーだ。彼女たちはお洒落が好きで、クスクス笑う。他の子たちと同じことをとても嬉しく思う、新しいガールたちだ。彼女たちの憧れはミセス・ポニー。ポニーの父親はペガサスで、母親はガール。セクシーな水色のケンタウロスだ。ミセス・ポニーのたてがみは虹色で、身体からカサブランカの香りがする。どんなボーイも彼女のウィンクでメロメロになる。だけどミセス・ポニーはむやみにウィンクをしたりしない。とても品のある大人のガールだからだ。

だけど彼女にも苦手なものがある。それはこの街の教会にいるシスター・ベルだ。ベルは処女でいつもマシンガンを抱えている。そのマシンガンは時々、ミセス・ポニーにも向けられるからだ。だけどベルはとても心の優しいガールで、よほどのことがなければマシンガンを使ったりはしない。ただとても臆病なだけなのだ。

 

ボーイにも憧れがある。ひとりはダルジェロと言って、無法者だ。彼は気に入らないものがあればなんでも壊してしまうし、そしてそれは誰もが息を飲むほど美しい方法で成し遂げられる。彼は自分以外のルールが無く、そして1人も友だちがいない。非の打ち所がないクールなボーイだ。

もうひとりはメルロー。地図を作る仕事をしている、賢いボーイだ。彼はとても温厚で、無口だけど感じが良い。たくさんの人に信頼され、いつも輪の中心にいる。そして実は演説がとても得意だ。彼が話し始めると、みんな黙って彼の話を聞く。彼の横にはいつも小さな脳みそ鳥がいて、それがメルローの一番の友だちだ。

ボーイの中でも、とても変なのがヤマノベさんだ。彼は朝から晩まで酒を飲んでいて、とてもじゃないがまともな会話が出来ない。いつもふざけていて、ガールたちには少し嫌われているし、シスター・ベルは彼をいつ撃ち殺そうかと機会を狙っている。けれど彼には、そんなことは全然、関係ない。ひとつだけ彼には秘密があって、身体からお酒が抜けると悲しくて仕方なくなって泣いてしまうということ。彼にもどうして悲しいのか、もうわからなくなってしまっている。時々、路地裏で大声で泣くヤマノベさんをお母さんのよう抱いて慰めるミセス・ポニーが目撃される。だけどみんな、見ないフリをする。

夢見るボーイと健気なガールの血を色濃くひいた人間たちもたくさんいる。そして彼らは恋に落ちて美しい並木道を歩き、いくつかの素晴らしい詩を作った。一番初めの脳みそ鳥は、今でも木の上から彼らを見守っている。

 

この街が100年の間に生み出したものがいくつかある。懺悔の丘、眠りの渚、メモリーデパート、東のトロフィー屋、嘘の旗縫い、偽スラム、フルムーン・ランドリー。色々あるけど、一番語るべきはブラック・ベンソン・カンパニーだ。彼らは空気を売っている。とても綺麗な、夏の朝のように爽やかで水々しい空気だ。そしてカンパニーの外壁には昔、オールド・ワイズマンが書いた詩が大きく掲げられている。

「小さな我々は この朝の 夜の 大いなる女神の吐息に包まれ 慈しまれる胎児 まだひとつの存在」

ブラック・ベンソン・カンパニーには優れた科学者がいて、空気税を納めずさらに利用価値のない人間は科学者特性の真空管にぶちこまれてしまうらしい。どうしてだか、カンパニーの内部にはこの街の人間よりも多くの真空管が用意されており、屋上には巨大な音の出ないスピーカーが配置されている。

 

その街の悲しさは、全ての人間にオールド・ワイズマンの詩の素晴らしさが分からないことだ。けれど彼らの足元にはいくつもの詩が貝殻のように埋まっている。風を音楽に変え、熱射を遮って健やかな影を作り、枯れ葉になって降り注ぎ、心まで凍える寒さをキャンパスに閉じ込める詩が、この街の胎児を包む新しい羊水なのだ。しかし誰も対価を払わない。空気を買うために金は払うのに。当たり前のことだ。それは当たり前のことなのだ。本来彼らは、この街に暮らす誰もが包まれるべき存在なのだ。例外なく。ただ後からやってきたルールが、それを我々に不自然に思わせ、我々はブラック・ベンソン・カンパニーに空気税を納めることで生きることを許されるように感じている。トイトイたちはそれももちろん知っている。知っているけれど、何もしない。

 

この街の神話について、誰か詳しい人がいないだろうか。僕が知っているのはこれだけだ。これは、ヤマノベさんのうわ言と図書館の情報を掛け合わせたもので、きっと不完全だ。僕は嘘の旗縫いに会ったことがある。彼は偽スラムに住んでいて、傷もないのに包帯をぐるぐる巻きにしている。そして僕に小さなペナントを織ってくれた。ペナントには「クソガキ」と書いてあった。彼もその時は本当にそう考え、僕もそれが僕に相応しい称号だと思った。翌日には全てが嘘になっていて、僕と彼は辟易した。我々が我々の価値を知らないから、この街は嘘をつくのだ。いや、我々がこの街に嘘を求めているのだ。

ヤマノベさんは、これは彼が本当にそう言ったのだけど、若者に一番大切なものが何かわかるか?と尋ね、分からないと答えると「物語だよ」と言ったことを僕は覚えている。僕はそれが「真実のフィクション」であると理解している。オールド・ワイズマンが書いた詩の全てだ。彼は言葉の価値を知っているので下手なことは言わない。我々はその辛辣な真実の上に成り立つ不確かな物語を今もたぐっている。