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夏の前の雨の匂い

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僕が千切ったと分かってて、どうして「ヒナギク千切ったの誰かしら?」なんて尋ねるんだろう。僕が「知らない」と言ったらもっと失望することになるのに。おかしな話だ。

 

今日業務用スーパーのエスカレーターで、前に立つ黒人の男が突然振り返り、僕に「大丈夫ですか?」と尋ねた。赤いシャツがよく似合っている。iPhone純正のイヤホンもよく似合っている。彼がどうして僕にそう尋ねたのか分からないけど、僕は心配されるようなことはないので「大丈夫です」と笑顔で答えた。これはヒナギクとは違う。理由は分からないけれど、ただ彼は僕が大丈夫かどうか、純粋に知りたかっただけなのだ。そして僕は嘘をつかなかった。彼は続けて「名前はなんですか?」と僕に尋ね、僕は本当の名前を教えた。平安時代なら僕たちは結婚することになるところだ。彼は僕の名前を一度口に出してから、「それはどういう意味ですか?」とまた尋ねる。これは実に難しい質問。昔ヴァネッサにも聞かれた。僕がobedientと言ったら、そんな名前つける親がいるかしらと彼女は首を傾げた。彼も肩をすくめていた。

 

僕の名前は、両親が山梨へ行った時に寄った喫茶店で働いていた、女の子の名前らしい。マスターやお客さんがその名前を呼んで、彼女が返事をする。それで2人は思ったのだ。こりゃ呼びやすい名前だ。名前は呼びやすいのがなにより。

たしかに僕はあだ名をつけられたことがない。みんな僕の名前を何度も呼んでくれる。僕はこの呼びやすい名前がとても気に入っている。そして僕はよく躾けられた芝犬のように、元気よく返事をすることができる。obedient。

 

母が「ヒナギク千切ったの誰かしら?」と僕に尋ねた時も、一応は嘘をつかなかった。僕は、僕が千切ったのだと告白した。ただ母のために摘んだとは言わなかった。僕は姉にも責められた。千切っちゃうなんて可哀想でしょ。頑張って咲いたのに…

花が可哀想というのは、不思議な感じがした。みんなはよくシロツメクサで花かんむりを作っていたけれど、可哀想と思っていないように見えた。つまるところ僕の失敗は、摘んだヒナギクを束ねる青いリボンを持っていなかったことなんだろう。

 

花屋で働いていた頃、シャッターを上げて、夜の間に混ざり合った花の匂いを嗅ぐのが好きだった。残業を終える頃には花の匂いなんて分からなくなってしまう。そして店長が尋ねる。「今日何時まで大丈夫?」僕は「終電までなら」と答える。ヴァネッサはhonestと訳すことを提案してくれたけど、「今すぐ帰りたいです」なんて言わない。僕は飼い主に気を遣う、よくできた芝犬なのだ。

 

どう答えるべきかなんてだいたい決まっている。調子はどう?まあまあ。どうしたの?なんでもないよ。どうして靴下を脱ぎ散らかすの?ごめん。このワンピースどう?すごく似合ってるよ。obedient。

 

でも僕は一応嘘はつかなかった。僕は自我を持った兵隊だ。ソリを引く時は、一番うまく走ろうとする。芝犬はソリを引かないけれど。僕は僕の意思で一番よい言葉を選んで返事をする。ワン!

 

失望されることはもちろん嫌だ。僕はナルシストだから自分のせいでだれかが嫌な気持ちになるのも嫌だ。僕と話してくれる人はみんな嫌な気持ちにならないといいといつも思う。言わなくていいことは言わなくていい。だけど健全なコミュニケーションには正直なことが大切らしい。一応は嘘をつかないという卑怯な方法も、あながち間違いではないということかもしれない。つまり青いリボンで束ねることが重要なのだ。千切って投げるのはhonestじゃない。僕がもしそうしたなら「どうしてそんなことするの!」と母は怒ったかもしれない。それで僕が「お母さんにあげようと思って」と弁解すると「お花が可哀想でしょ、そんなの嬉しくないわ」と答え、姉はクスクス笑ったかもしれない。

心にあるものを正しく渡すには、どんな場面だってリボンを結ぶべきなんだ。僕は青いのが好きだけど、相手の好きな色もいいかもね。だけどサプライズはいつ起こるかわからない。口の中にリボンリールが付いてたらな。