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夏の前の雨の匂い

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僕は誰かの夢の話を聴くのがとても好きだ。

好きなものの話を聴くのも好きだけれど、それは気をつけないといけないことがたくさんある。好きな気持ちに優劣をつけるのはアホらしいという意見もあるけれど僕は、もしも誰かが何かをうんと好きな時、それについて失礼なことを言ってしまうことを恐れている。もちろんひどいことを言ったりよく知らずに貶したりはしないけれど、それでも時々気分を悪くさせるようなことを言ってしまうかもしれない。だから好きなものの話には少し臆病な気持ちがある。僕も出来たら好きなものの話をしたいけれど、いつもうまく話せなくなって悲しい気持ちになる。特に僕は僕の矛盾を正しく説明できないのが問題だ。

それに比べて夢の話というものは、脈絡もない、オチもなくていい、面白くなくてもいい。辻褄が合わなくても誰も責められないし、お互い変な気分になる。僕はその変な気分はセンスオブワンダーだと思っている。

 

先生の研究室にいた頃、みんなは熱心に古い漢字だけで書かれた本を読んでいた。そこがそういう部屋だったからだ。僕も何冊か読んだけれど全然わからなくて、先生に語って聞かせてもらった。先生が話せばどんな漢字だらけの本もとても面白かった。けれど先生は、これは私だけの解釈ですからと必ず付け加えた。

これは私だけの解釈ですから。君の物語ではありません。多分そういう意味だったんだと思う。

僕がその部屋に顔を出さなくなって久しく、猫を拾って間もない頃、空き教室で先生に会った。先生は突然、君はフロイトユングの本を読んだことはありますか、と尋ねた。僕がないと答えると、きっと好きですと教えてくれた。

僕は先生がどうしてそんなことを知っているのか不思議に思った。その頃ちょうど僕は半分夢の中で生きていたからだ。僕は脳みその半分を非現実的な日常に貸し出していて、そこにある緑の自転車や女の子の背負うリュックについて正確に把握できる事がほとんどなくなってきていた。たとえばその景色が「緑色の女の子が自転車を背負っている」と認識されるような感じだ。それがまるで夢のようで、僕が本当は夢を見ている蝶だと言われても驚かなかったと思う。言語野の秩序が乱れたことによる認識の歪みが原因だった。僕はそれから図書館へ行って、ユングフロイトの本を探して、水槽に浮かんでいる脳みそのことを考えながら読んだ。

 

僕は毎日解釈する。なるほど、大事にしていない皿が割れても悲しくないのか。なるほど、パンは耳までジャムを塗らないと一口目が美味しくないのか。なるほど、緑色の女の子はこの街にはいないのか。なるほど、なるほど。

そして誰かの夢の話を聴き、デタラメなイメージと原始的なメッセージを解釈する。そして僕は不思議な気持ちになる。僕と君は蝶に戻って、変な夢だったねと笑ったりする。それだけの取るに足らなさ、くだらなさ、おかしさが実はこの現実世界で起きている出来事だと醒めて気付き、僕は言葉を整理し認識する。僕は誰かの夢の話を聞くたびにその作業を無意識下で行う。

 

汚い部屋だ。ビールやチューハイの空き缶やタバコの吸い殻が机の上に散らかっていて、季節外れのコタツ、ヤニ臭いカーテンを閉め切ってまるで健康的でない部屋だ。男の子たちは寝心地の悪い服で誰もが顔をしかめて眠っている。デジタル時計は午前5時。洗面所にあったスクラブ入りの洗顔で勝手に顔を洗い、トレーナーの袖で顔を拭く。狭くて臭い台所から6畳にひしめき合う男の子たちが見ている夢を想像しながら煙草を吸う。海の底はこんな感じなんだろうか。海の底には灰皿があるだろうか。自動販売機があれば、まずい缶コーヒーを飲み干してそこに灰を落とせばいいけど…。突然冷蔵庫が唸りだして1人の男の子が目を開けたけれど、すぐに閉じてしまった。この人たちは目を覚ましたらどこへいくつもりだろう。多分当てなんかない。僕は?急に寒気がして電源の付いていないコタツに入る。足の臭いやつがいるな…そりゃそうか…。昨日一日中騒いでたんだ。まるで今日で世界が終わるみたいに破滅的に。みんなが起きたら夢の話を聞こう。またやってきた白々しい朝に気分が悪くならないように。眩しい帰り道で悲しくならないように、なんか話してよ。みんなが起きる前に歯ブラシを買いにコンビニへ行こう…と思ったところで目が覚めた。