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夏の前の雨の匂い

6/12

 

また扁桃炎になってる。扁桃炎になる度僕は死ぬことを身近に感じて憂鬱になる。

最近、二枚の同じ皿の上にそれぞれ、石鹸とカシミヤの靴下を乗せてとやかく言うヤツが多過ぎる。そもそもどっちも食えない。どっちもグレープフルーツ風味の醤油ソースなんか合わない。馬鹿げてる。もしかして僕のこと騙そうとしてるの?冗談なのかな。石鹸はお風呂で身体を洗うときや、お母さんがクローゼットの香り付けにガーゼに包んで入れるもので、カシミヤの靴下はおばあちゃんが寝るときに履く。おんなじ皿に上げて、食おうなんてどうかしてるよ…。欲張りすぎるね、少し。

僕はアナナスパイが好きだ。暑くなったらもっと美味しい。もしかして、食べてみたら石鹸やカシミヤの靴下もうまいのか?そんなわけない。ダイエットにはいいかもしれないけど、どちらにしろ僕は扁桃炎だから、柔らかいうどん以外のものは食べられない。噛まなくて済む代わりに考えなくなる。考えないから僕はイラついてこんな嫌味を書く。それって、つまらないね…。

 

僕が扁桃腺を手術で取ることを考えていると話すと「凍らせて取るのよ、そしたら日帰りでいいんだから」と児玉さんは言う。椅子に座って口を開けるだけで、医者が扁桃腺を凍らせて壊死させてくれる。簡単な手術。そんなまさか、と僕が驚くと、もちろんその後は痛むけど、今はもう何ともないのよ、と言う。

 

もちろんその後は痛むけど、今はもう何ともないのよ。

 

いろんな青春映画を観たけれど、その終わりを象徴するのは新しい家庭だ。ワルかったアイツも嫁をもらって子どもがいる。あんなことがあったけれど結局今は別の幸せで上手くやっている。スタンドバイミーオチ。時々青春の中で死ぬ奴もいる。イカしてる。僕らは人生の一等瑞々しい時間を過ぎた。これからやってくるどんな素晴らしい幸福も、実はあの野蛮な興奮で肉体の限りを激発させる、エネルギーに満ち満ちた暴力的な魂の震えを感じることには勝らない。

我々はあの時死ななければ、それからずっと、凪を求め凪に暮らすのだ。そして言う。もちろんその後は痛むけど、今はもう何ともないのよ。

 

その後やって来た佐藤さんに、児玉さんが扁桃腺を壊死させた話をする。すると佐藤さんは、やっぱ子ども産むのが一番痛いらしいから、それ以外どうってことないのかもよ、母は強し、と言う。扁桃腺を凍らせて壊死させるよりも痛いことがあるなんて僕には信じられない。だって、白い斑点が出たらもうずっと息するのだって痛いんだよ。一日中泣いてたって飽きないくらいなんだ。やっぱ、そんな痛い思いして産んでもらったなら毎日ハッピーに生きた方がいいっすね、と佐藤さんに言うと、そうだよなー早くPS4買えよ、モンハンしよーぜ、と彼女は僕の肩を叩く。

 

僕は未だに青春の痛みが耐え難く、何度も線香を上げるが未だに経を読み終えない。漠然とその影をさまよう日もある。僕のその物語に含まれる彼女たちはとっくに結婚し子どももいる。スタンドバイミーオチ。僕らの思い出は可愛いお菓子の缶にきちんと収まっているんだろう。僕だけが、痛みに、痛みの意味も分からなくなった今も頭を抱えていると思うと、滑稽で気が滅入る。

 

椅子に座って麻酔もせずに凍らせて取るというのは一体どんな感じなんだろう。めちゃくちゃ怖いし痛そう。だけどどんな痛みもいつかは何ともなくなるんだ。いつかはね。今は扁桃炎が憎くて仕方ないけれど。早く液体をゴクゴク飲みたい。更に、民間療法ですり潰した仙人草を手首の内側に貼る、という治療法もあるようだけど、一体どういう仕組み?なんかそっちの方が怖いな…治るならなんだってしたいけど、出来たらこれ以上滑稽にならない方法がいいな。