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オーケー、ボーイズ&ガールズ

9/16

 

 

多分6年ぶりくらいに、自主的に実家に帰った。本来、噂に聞く「何も変わらない生まれた町」は何もかもが変わっていて、もちろん僕の方もすっかり変わっていて、その間に横たわる大きな溝を、相変わらず季節は過ぎていった。

 

帰郷の話をする前に、この間交差点で信号待ちをしていると夏を諦めた風の匂いがして僕は生まれた町のことを思い出した。そしてそうか、僕のいないあの町もこれまでと同じように、季節は変わっていくわけなんだと思った。

 

まず庭。祖母の自慢の庭。息の長い百日草が、チューリップが終わった後から秋までずっと咲いていた素敵な庭。あの家にいた18年間でみたこともないようなほど雑草に侵され、さらに百日草など見る影もなく、どうしてだか下品な口紅みたいな色の鶏頭がぶくぶく肥えて、まばらに生えていた。奥の方に一輪の白百合。おそらく最期の生者。

祖母が呆けた。呆けた祖母に母がひどく当たって、悪いことばかり言って貶した。昨日は怒鳴り合いの喧嘩をしてお互い泣いたという。

そして彼女は初めて正職を手にした僕にお祝いの言葉1つなく、ただずっと祖母の悪口を語って聞かせた。悲しい気持ちでいっぱいになったけれど、僕にはそんなこと悲しむ権利がないかもしれない。

僕は家を離れているから何かを言う資格なんてないけれど、実際今僕はとても悲しく、次に帰る時は手品の1つでも覚えてふたりに見せてやろうと考えている。

 

嬉しいこともある。姉が子どもをもうけて、その甥っ子が天使のように可愛いということ。彼の健やかな成長を陰ながら願いたい。そして中学生になったらNikeでもadidasでもlegalでもいいから好みの立派な靴を買ってやりたい。

 

毎日死を予感する祖母に、味方がいないと悲観する母が、冗談でも言っちゃいけないことばかり言う。僕の友だちにはそんなひどいことをする人が1人もいないし、記憶の母もそんな人ではないのに…一緒に居続けると、もしかしてそんな風に関係が変わっていってしまうんだろうか。それは一体、誰が喜ぶことなんだろうか。それで気は晴れるんだろうか。僕らがいつか必ず死んでしまうこと、もしかして知らないのだろうか?

 

母には僕の決まった仕事についてもひどいことを言われたけれど、まぁそれはいい。僕は頑張ることに違いがないのだから。とにかく好きな人が好きな人を悪く言うのは嫌だ。家族となれば尚更そうだ。狭いところでずっと生きると良くないかもしれない。猫だって自分の子供を食ってしまったりする…

甥っ子が悲しい思いをしないといいなと思う。

 

そして僕はただちに結婚して、その家で子どもを産み育てろとあの町にいる親族全員に言われた。とんでもない相談だ。みんな、子どもの作り方を知っているはずだから、デリカシーのない提案だと思う。父だけは何も言わなかったけれど。閉鎖空間ではデリカシーの質も違うのかもしれない。たしかにそうだ。僕が、中学生のころ好きだった男の子に一緒に帰ろうと懇願して帰ってもらった夜に、仕事から帰ってきた母が、あの男の子と付き合っているのか?と聞いてきた。町の誰かが僕らを見て母に連絡したのだ。今考えると恐ろしい話しだけれど。

 

しかしながらあの町の持つ草木の健やかさは相変わらず旅人を癒しているし、風はいつも良い匂いを孕んで路地や田畑を駆けている。人や人の作るものが絶え間なく変わっているだけなのだ。桃源郷は記憶の中にさえあればいい。それが一番美しい。

 

僕は変われて嬉しい。めったに怒ったりしないで、人の話をよく聞く人になりたいと思っていた。自惚れだけど、前よりは良く出来てる。

 

僕の曽祖母からもらった部屋は父の仕事部屋になっていた。僕はあの乾いた畳の部屋でストーブを焚いて、遅くまで物語を書いたりしていた。ヤカンでお茶を沸かし、壁一面に映画のポスターを貼り、古い小さなテレビで夜な夜な映画を観た。跡形もない、と思ったが、父のジャケットをよけると、襖に気味の悪いほど画鋲の穴が開いていた。確かに僕はここにいたらしい。

あの頃の僕が今の僕に会ったら、きっとすごく喜ぶだろうな…

僕は確かにあの家にいたらしい。今この汚い6畳のアパートが、あの家よりも心安らぐのは、今じゃこっちが僕の家ってわけなんだろうな。

残念だけれど、僕の記憶の中で美しくあれ。時々帰るよ。お土産をたくさんと、3つくらいとびきりの冗談を用意して帰るよ。