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オーケー、ボーイズ&ガールズ

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引越しをすることになった。

この街には6年くらい住んだ。

 

僕が特に気に入っているのは、近所に暮らしている足の悪い老人と、太ったビーグル犬だ。

彼らはお互いを想い合って歩くのでとても遅い。

時々太ったビーグル犬が一人きりで散歩に出ている。いつもは嗅げない枯れた草の匂いやいつもは出来ない駆け足であちこち行っているのを見かける。

 

もう1人ボケ老人がいる。前のめりで、つま先を地面に擦るようにしてうろついている。彼の部屋は朝も夜も電気が付いていて、カーテンのない窓から古い時計や何枚も重ねて干してある洗濯物が見える。洗濯しているかどうかはわからないけど。昔は妻が居たんだろうか。彼も眠れないほど誰かに恋い焦がれたりしたんだろうか。サッカーボールを追いかけたり、お母さんに甘えたりしたんだろうか。想像がつかないな。それくらい彼って灰色の肌で目が虚で、すっかり老いてしまっている。

一度だけ真夜中にコンビニへ行った時、終バスのとっくに終わったバス停のベンチに、大きな荷物を抱えて座る彼を見た。

どこへ行くつもりだったんだろう。

あんなふうになっても、まだどこかへ行けると思うんだろうか。ここじゃないならどこでもいいと言ったって、それは旅に違いないんだから…

 

掃除をしていると、映画館のアルバイトを辞める時にみんなが書いてくれた色紙が出てきた。

僕はそれをまともに読んだことがなかったから、初めて読んだ。みんな僕のことを好きなようだったし、何かやってくれそうと思っているみたいだった。何か、日常的じゃない小さな興奮を僕に期待しているようだった。

その頃の僕は多分口が達者だったんだろうな。実際のところ僕はその頃も今も何もしていないし、自分に何か特別なことが出来るとは思えない。だからみんなの期待には応えられそうにないし、多分、たとえ応えられたって、彼らは彼らの生活に一生懸命になっていて、ああ、あの時の子?なんかやりそうな感じだったけど本当にやるとはなぁ!ねぇ来週飯でも行かない?鉄板焼き屋どう?服に匂いがつくだってそんなこと気にしなくたっていいよ、食ったら帰るだけなんだから…

 

静かで良い街だった。丘の一番高いところにあるアパートだから、夜景が綺麗だったけれど、僕は嫌味な感じがして心からは好きになれなかった。時々いいなって思うけど、高層マンションを見上げて一番上にはどんな人が住んでるんだろうと考える。やっぱり嫌味な奴だと思う。神様についてどう思うか聞いてみたいな。強く信じてるか、全く考えたことがないかの二択だと思うよ。ちなみに僕は神様のこと好きだよ。

 

猫がもう1匹飼えたなら、漱石は寂しくないな。広い部屋だから喧嘩したって平気だよ。