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オーケー、ボーイズ&ガールズ

12/26

 

今すぐに魔法の絨毯が飛んできて君を夜の果てまで連れて行ってくれたらいいのにね。多分肺が凍るくらい冷たい空気が君の頭をスッキリさせて、いつもよりずっと星が眩しく見えて、この退屈な出口のない日々の何かを、あるいは全てを変えてくれるよ。

とはいえ魔法の絨毯は多分この世にないから、僕はこんな夜には小さい車の窓を開けて行くあてもないのに高速に乗ってみたりして、もちろん君を助手席に詰め込んでね…そんな妄想をしている。

とはいえ、とはいえ、僕には車もない。しかも君と同じようにかなり気が滅入っている。そんな時はどちらかが無理をする。僕は無理をする。ずっと無理をする。君は僕がメシアでないことに腹を立てる。僕も不甲斐ない自分にがっかりする。僕はどこにでもいるふつうの、ただの、なんでもない人間で、魔法の絨毯はおろか車も、君を元気にする言葉さえ持たない。

 

以前はたしかにメシアだった。でもそれは僕自身が救世主だったわけではなく、君の目が僕をそう捉えていただけで、僕はあいかわらず僕だ。

そうね、魔法が解けたのよ。

とはいえ、とはいえ、とはいえ、生活は続く。

僕は愛が何かを知っている。そして僕たちは今2人ともその恩恵に預かっている。そして差別し合っている。他の誰とも違う。そう思ってやっている。それはたしかに、たしかなことだ。

 

噂によるとこの世の中には確かなことなど何もないらしい。僕の四半世紀に及ぶ臨床試験データから言えばそれは嘘だ。僕らは死ぬ。ウィー・ウィル・ダイ。そしてラブ・イズ・ゴッドだ。さらにリブ・イン・モーメント。これらはいくつかの確かなこと。たとえ今が蝶の見ている夢でも、僕はそう思う。培養液の中で生かされた脳みそでも、やはりそう思う。そして僕はホルマリンプールの中でもガラス越しに君を探すだろう。特別という差別の生んだ期待が僕らを互いに幻滅させ続けても、きっと許し合えるよ。

 

僕らには魔法の絨毯もミニクーパーもないけれど、足と、暖かい靴下と、スニーカーがある。あと必要なのは出口だけ。出口。そんなもん見たことないけど…どんなビルにだってエグジットマークがあって、そこを目指せば非常階段がある。僕らの人生にはない。人生はあまり親切じゃないね。急に足場がなくなったら、そりゃ隣にいるやつに抱きつくよな。待ってろ今、熱々のボルシチを食わせてやるから…要らない?うまいのに。手が塞がってる?なるほどそりゃそうだ。あいにくだけどこっちも足場がないんだ…あるのはボルシチだけ!

 

とはいえ、こんな絶望的な気分でも僕は君にキスをすることができる。僕はそういう人間だ。出口には痛みが伴う。本にそう書いてあった。僕もそう思う。血を流さなければここを抜けられない。僕に止血技術はない。君の薬箱ではない。メシアでもない。崖でボルシチの鍋を持って突っ立てる間抜けだ。でも言っとくけどね、ここまでボルシチを持ってくるっていうのも、なかなか大変だったんだ!

僕のことはいいさ、そのうちくだらないことですぐにご機嫌になるんだから…そうなるように自分を調教してきたというだけの話だけど。

ところで、もうすぐ誕生日だ。僕は誕生日が好きだ。僕の中では、カレンダーの中で唯一オリジナリティのある日だ。冬生まれで良かったことは、生クリームのうまい時期ということ。ケーキの旬は冬ですよ。そしてコーヒーもね。

明日ケーキを買って帰るよ。晩ごはんはビーフシチューでどう?真面目に作るよ。もちろんおいしいコーヒーも淹れるし、元気な顔をするよ。それだけで君の憂鬱がどうにかなるわけじゃないって知ってるけど、僕には魔法の絨毯がないからさ。