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オーケー、ボーイズ&ガールズ

11/1

 

昨日の夜、初めてニューシネマパラダイスを観た。

僕は映画はあまり詳しくない。僕の友だちと比べたらね。みんないつもお酒を飲むと映画の話ばかりする。その時の顔、本当は好きなんだけど、誰にも伝えたことはない。僕は少ししかわからないから、ただ笑って聞いてるだけ。

男の子ってずっとそう。なんのモーターが一番とか、どのキラキラのカードが強いとか、最強の必殺技は何かとか、いつも騒いでる。

 

詳しくないけど、好きな映画はある。でもあんまり話さない。友だちはきっと好きになってくれないし、つまらないと言われたら、気にしないけど、やっぱりちょっと悲しい。

 

何かを作ることは生まれてこのかたずっと好きだ。毛細血管の先まで血の通った作品を観たり読んだり聴いたりすることもずっと好きだ。

たった一文の言い回しに強く胸を打たれることもある。たったワンカットで身体が震えるほど嬉しくなることもある。たった一コマでジャンプすることも。そういうときいつも思う。それを作った人たちの人生のあらゆる時間を祝福したい!僕は分かった、あなたの心が!ほんとうにどうもありがとう…

 

僕が自分で立方体の描き方を発見した話をしたことがあったかな。あの日の夜、夢中で色んな立方体を描いていたんだけど、描いている途中でハッとした。ただの四角を描いた段階で、これは真上から見た直方体の一面ってことだって気付いた。どのくらい長い直方体か分からない。真上から見てるから、終わりが見えないんだ。僕は今、肉屋のチラシの裏に永遠を描くことに成功した。

感動した。珍しく、母より早く父が帰宅した。冬の前の冷たい雨の夜だった。

父には説明するつもりがなかった。素敵な人だけど、叱るときも褒める時も言葉が少ない。

母が帰ってきてすぐに飛びついた。この発見をただちに伝えて、褒めてもらわなければと思った。僕が騒ぐので姉もやってきた。

僕はこれまでの短い人生で覚えたコミュニケーションの技術を全て使ってそれを説明した。かなり鼻息が荒かったと思う。だけど、残念ながら分かってもらえなかった。分かってもらえなかったの。なんにも。急に熱が引いた。よれたチラシに描かれた四角は、よれたチラシに描かれた四角だった。なんだ?こんなんで必死に、さっきまで、一体何をそんなに騒ぐことがあったんだっけ。次の日には永遠の描き方などすっかりどうでもよくなった。あれが永遠の訳がなかったとさえ思って、恥ずかしかった。

 

関係ない話だけど、「言葉はいつも心に足りない」って台詞を聞いてから、何かが伝わりきらないとき一度持ち帰って、メロディとか、より多い言葉と物語や比喩、色、形、なんでもいいからどうにか補足して、また持っていくことがよくある。そのころにはもう、相手はそんな話どうだってよくなってる。僕だってもう新鮮な気持ちじゃない。それでもやってる。出来上がったゴミは頭の中の祭壇に飾ってある。それが僕の一番マシなコミュニケーションで、それはほとんど無意味で、おおむねこれが僕の、これまでの人生でした。

 

そのたった一度の出来事で、僕は自分にとって素晴らしいことは、自分だけが分かっていれば良いと思うようになった。できたら分かってほしいよ、そりゃ。でも、あんなふうに失ってしまうなら、勘違いでも秘密にしておいた方がいい。他にリュックに詰めたいものもないし。

セルリアンブルーのアクリル絵の具、家主のいないカタツムリの殻、ひとつとびの黒鍵だけで作るメロディ、ジム・ジャームッシュミランダ・ジュライSF小説シャンソン・ダダのベッドルームサウンズ、誰にも見せないでずっとリュックに入れてきた。素晴らしいものはすかさず、リュックへ。しまったら紐は固く。リュックの周りに美しい花が咲き出して、みずみずしい芝生に虹が宿るようだった。

僕が素敵なので、取り入ろうとする人たちが時々いる。そういう人たちは、この美しい芝生を平気で踏みつけてきた。勝手にリュックをのぞいて、あーこれ俺も好きだわ〜などと抜かしたので全員殺した。その足元の花の美しさがわからないなら、それは嘘だ。

でも、僕の友だちはみんな、そんなことしない。みんなそれぞれ神聖な庭を持っていて、土足で踏み込むようなことはしない。

「通りからチラッと見えたんだけど、君はもしかしてカート・ヴォネガットが好き?違っていたらごめん」と、帽子を脱いで挨拶してくれる。

いつも開いている庭もあれば、内緒で見せてくれる庭もある。お祈りの言葉を間違えないように、覗かせてもらう。自慢だけれど、僕の友だちの庭はみんなそれぞれ、とても趣味が良くて美しい。奥の方に、モーターやキラキラのカードがあったりする子もいる。素敵だなって思う。

 

ニューシネマパラダイスを観た。みんなそうだったと思うけど、なんて言ったらいいかわからない気持ちが体の中でジャックの豆の木みたいに育った。観終わった瞬間に突然育った。一晩かけて育ち続けたので、仙台港あたりまで幹になった。恥ずかしいから泣くつもりがなかったが、なぜか声を上げて泣いてしまった。キモすぎ。

僕たちにはきっと分かるよ、僕たちにはあなたの作ったものの全部がいつかきっとわかるよ、僕たちを分かってくれてありがとう…をリュックに詰め込もうとしたが、これは流石に入りきらなかったのでここに記しておく。

 

関係ない話だけど、誰とも分かり合えない絶望と誰かと分かり合えるかもしれない希望が君たちに歌を歌わせている事実に、突然胸を絞め殺される夜がある。飛行機に乗っていたころのサン=テグジュペリの心を丸ごと理解しそうになって、あわてて自分の傲慢さを汚ねえパジャマで覆い、安いチョコレートやカップ麺で顔を浮腫ませ、くだらない身体を自覚させてやらなければならない。酒を飲まない理由はたくさんあるが、鏡に移る自分が美しく見えるのが一番悪い。僕が美しいのではない。素晴らしい創作物たちが僕を美しくさせている。リュックを背負っている僕も、庭の一部だ。あなたが素晴らしいと僕は思ってる。安心して飛んでほしい。