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僕の狭いアパートには猫がいて、晴れの日は窓辺でずっと眠っているし、雨の日には猫用ベッドでずっと眠っていて、夜も僕と一緒に眠っている。彼は時々夢を見ていて、耳や鼻がピクピクしたと思ったら手足をバタバタやる。何か追いかけているんだと思う。
4、5年くらい前、僕は生きてるのに結構嫌気がさしていて、別に死ぬほどのもんでもなかったけれど、よくある大ニ病ってやつだと思う。
とにかく参っていたのは研究室で、僕は先生が大好きだったけれど門下生の子たちとどうもうまくやれなかった。うまくやれなかったことを気にしないのがまずかった。僕は自惚れや下手な勤勉さのしっぺ返しをくらい逃亡し、そのうち世の中の大体がくだらなく、自分のやることがつまらなく、気が滅入っていった。
だから考えなしに猫を拾ってしまった。手のひらサイズの、毛が生えたての茶トラだった。いつもぷるぷる震えていて妙だった。
拾ってきて2日くらいは名前がなかった。けれど彼はちゃんとトイレにおしっこをし、皿から餌を食べ、それ以外は一日中テレビ台の下に潜りこんで、前を通る度に僕の足を攻撃した。
名前はくじらとかピカソとか色々考えたけれど文豪の名前にした。
彼はすぐに自分の名前を覚え、僕の肩によじ登るようになった。肩に乗っている時は僕の皮膚に爪がめり込んでいるので、揺すっても落ちたりしなかった。そのまま立ち上がって自販機にコーラを買いに行ったことがあるくらいだ。
ところで僕には仕送りなんかなかったので、とても貧乏だった。当時映画館でやっていたアルバイトを増やしてもらって、近所の薬局で猫の飯を買った。
彼は日増しにデカくなり、すぐに成猫になってしまった。
毛並みが綺麗で、乱暴者で、顔が細く鼻が小さい、結構なイケメンだ。今なら彼の名前をダルジェロにしたと思う。だけど会った時は本当にただのぷるぷるしてる毛玉だったんだ。
僕の家にいる猫は、飯欲しさに僕の足に擦り寄ったりしない。眠ってる時に触るとめちゃくちゃ怒る。普通に噛む。可愛げのないタイプの猫だ。うんこは臭い。
でも時々、窓辺で眠ってる猫を神様と見間違う。
今もうつ伏せの僕の肩にいる。もう大きいので、僕の肩幅いっぱいに寝そべっている。
僕は猫のおかげとは言わないけれど、あの頃と比べたら何もかもがどうでもいいわけじゃなくなった。どうでもよくないことをいくつか手に入れた。だけどもし聖人君子の良い大富豪が現れて、お宅の猫ちゃんにもっと良いお家でもっと良いご飯をあげるので私にくださいと言われたら、あげると思う。彼もそれを普通に喜ぶと思う。
だけど僕たちは今もこうしてくっついて、お互い素っ気のない態度で過ごしている。
僕は時々猫を神様と見間違う。
5/20 犬の話
「メスの犬はシナモンロールが好きか」と砂糖の研究をしている博士に尋ねたところ、それは解明されていない、と博士は首を横に振った。
ロシアの宇宙基地はいつも捨て犬募集の張り紙があり、表向きはクドリャフカに次ぐ宇宙犬の育成であるが、本当のところは違う。
捨て犬たちは基地に着いてすぐ風呂に入れられ、美味しいビーツを見分けられるかどうかの試験を受ける。美味しいビーツが見分けられる犬はそのままキッチンで働き、そうでない犬は超能力開発チームに送られる。超能力開発チームでは人間の超能力を引き出すためにあらゆる実験が行われているが、その中の1つ「ワンちゃん がぶり」の仕事に就く。高い台の上に置かれた美味しいおやつを手を使わず念力でワンちゃんに与えるという実験である。これは以前行われていた「テーブルの上のボールを念力で転がす」という方法よりも2.7倍の成果を出している。
犬と猿を仲良くさせるために必要なことは、全く新しい物語である。
小学校の近くの新聞屋で飼われていたマルコという名前の犬が死んだ時、クラスの全員でマルコに向けて慈しみ溢れる寄せ書きを書いた。臭くて痩せた犬だったが、目のキラキラした可愛いヤツだった。新聞屋のオヤジに寄せ書きを渡すと、ウチの犬は幸せもんだなと言った。同行した教師が「みんな本当にマルコちゃんのこと好きでした」としんみりした声で言うと、オヤジは「犬に玉ねぎ食わせちゃダメだって、学校じゃ習わねぇもんな」と言ってドアを閉めた。沈黙。何気なく振り返ると表札に「内藤隆二」に並んで「丸子」と表記されている。あぁオヤジがマルコって呼んでたの、奥さんか。犬の名前じゃなかったんだ。