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オーケー、ボーイズ&ガールズ

2/17

 

地下牢の鍵穴から長いこと、向こうの景色を眺めている。そうしていると世界は鍵穴の形で、その外側は鉛で埋め尽くされているように思える。僕がここから覗くから、世界は美しいのかもしれない。

全身鏡に不発の肉塊を映して不快になる。こんなものを引き摺り回して、どこに行くにも、ずりずり、どこかを痛ませながら、原始的な方法でずっと、人に会い挨拶を交わす。どうぞよろしく、仲良くしてね。

 

僕はたくさんの優れたラブソングを知っている。優れたラブソングというのは、代替先の方がより真実に近く、無駄を余白に、野暮を洗い直して、旋律を心理描写に、丹念に形成された、もしくは全くの純真から意図なく溢れ出た、ある一瞬の模造品だ。

僕たちは無邪気に何度も、知らない間にそれをやる。宇宙のシンガーが僕たちを見つけたら優れたラブソングでミルキーウェイギャラクシーがいっぱいになってしまうかもしれない。だけどこの星では、その一瞬の模造品を作り上げられる人間はとても少ない。何も考えなくて出来たことを再現するには、大変にストイックな時間とカロリーと考えることが必要。宇宙人には簡単でも、人間には少々難しい。

 

鍵は言葉で作られるようだ。不完全な形でも開けることは叶う。

僕を嫌いになってもいいよ。誰も救えないし、何もできないし、それに老いていく。

このささやかな挫折の積み重ねが絶望になって、絶望の中では無力感だけが育っている。身体の中いっぱいに満ち満ちて、いつ皮膚を突き破ろうか…

 

トイカメラで撮ったいくつかの現像写真をあらかたなくしてしまった。悪戯で撮っただけだったんだ。こんなに何もかも失くしてしまうなら、もっと大事に取っておくんだった。だって思わないじゃない。こんなになくなっちゃうなんて。毎日大事にしてたのよ?おかしいな。明け方部屋で君と話した話、雪の中泣いてる君と繋いでた右手、スローモーションのステージ…

僕が浴衣を着て君のアパートの近所の神社を通り抜けた時、知った夏の匂いがして世界の美しさに立ち止まる。iPodで何か音楽を聴こうとするけれど、この瞬間に最適な音楽はまだ世界になかった。

 

先生は熱心だった。僕が再び話せるように訓練をした。出来の悪い犬に芸を仕込むように我慢強く、うまくいけばご褒美におやつもくれた。夢ならどうですか?辻褄が合わなくても平気だし、大体曖昧ですから間違ってるなんてことはないですよ。なにせ夢なんですから。

 

西向きのカーブミラーが粉々に割れていた。弾けた小石がぶつかったのかもしれない。急いだ鳥の嘴が突き刺さったのかもしれない。

4時過ぎに僕は見た、輝く反転の堀、草、山、電波塔。

世界はここから覗くから美しいのかもしれない?

僕の目が神経が脳みそが良い働きをしているのかもしれない。鍵を開けて外へ出ても、僕の目が捉える世界の範囲には限りがある。他が鉛だとして、それが一体なに?

世界はもともと美しいというのは嘘だ。僕の培った美しさの観点がそれに由来してるだけかもしれない。美しさを感じるためには人間が必要だから。

鍵がないのは言葉がないから、不発の肉塊などという。