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お店に地球の生き残りの人間たちが来て、外は荒廃した夜。ユーミンを流して「懐かしいなぁ」なんて言ってる。冷凍庫の奥底に眠っていたバターを溶かしてクッキーを焼いた。生き残りの人間たちに配る。ほのかに甘くてうまい。もしかして本当の世界の終末もこんな感じなのかもしれないな、と思う。
携帯電話で弟と連絡を取る。彼とは文字でやり取りできるけど、もしかして肉体はもうないのかもしれない。仮に、彼の肉体がこの世になくても僕は弟がかわいくてとても大事に思っていると確認する。
現実は氷山の一角に過ぎない、という言葉がピンとくる。結果として現れた事象の中でも認識しうるものだけが現実ということは、あらゆる過程と理由はほとんど確認されていない。僕たちは永遠に、トラルファマドール星人の宇宙船を直す部品を作り出すために生まれ、恋をして、苦しみ、悲しみ、そして喜び、死ぬことを繰り返す。
大学で習ったことのほとんどは忘れてしまったが、先生の教えてくれたお話の中に全体律というものがあったことは記憶している。感動した。僕はまず、規則性のある宇宙の活動を「律」と呼ぶことにときめいた。なんて素晴らしくぴったりな言葉なんだろう。僕たちの命は必ず全体律に組み込まれている。こんな、コンクリートの中に1人ずつぶち込まれて、不自然な規則に囚われていてもなお、全体律から逃れることはかなわない。全体律は母の胎内のように僕らを必ず完全に抱いている。雨が降り草が茂り花をつけ、そして必ず朽ちていく。それが生きているものの全てだ。
分からないことが増えた。それだけならまだ良い。そもそも未来のことなどてんでわからない。働いてはいけないけれど金がなければ生きてもいけない。
知ってる?イルカって1円だって持っちゃいないんだよ。あんなに可愛いのに?
僕らが電子の世界で生きるようになったら、家賃なんて払わなくて良くなるんだろうか。肉体を維持するためのコストももうかからない。高い車も着飾る必要ももうない。そこに存在する律は一体何を軸に回り続けるんだろう。新しい秩序が誕生する瞬間を僕は観測することができるのだろうか。地球で最初の雨が降った日のような。そういえば地球で一番最初の植物はなんだろう?藻かな。いいや、林檎か。