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天網恢恢

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自分自身が空っぽだと思ったことは実はまだ一度もない。途方もない、あるいは漠然とした、もしくは途方もないうえに漠然としている喪失感に出会ったこともまだ一度もない。
だけど思い返せば信じられないくらいたくさんのものを今までに失ってきたし、今手にしているものだってこの先ずっとあるのかと言われたら、なんとも言えない。そもそも本当に手にしているのかさえわからない。
多分何かのきっかけがあって、とかではなくある日ふと気付くんだろうと思う。そういう日に備えて自分は空っぽだと言い聞かせて生きている。
 
心に穴があく、みたいな表現がピンとこない。
どんなに虚しい気持ちになっても、そこを埋めるように悪いやつや無気力的な肯定感がすぐに集まってきて止血してくれる。心には表皮があって、表皮には様々なものがへばりついている。いいことや悪いことや心底感動したことや心底感動失望したこととか。だけどその内側には何にもないんだ。何にも感じない何にも生み出さない空間があって、心の表皮はそれを大事に守り続けてる。「何もない」が満ち満ちている。表皮が薄くなればなるほどそのダークマターじみたものが露呈してくるだけなんじゃないか。
 
なぜそんなものを大事に守り続けてるのかってことの答えは多分すごく単純なことなんだと思う。今はまだよくわかんないけど。愛や勇気、宗教や憎悪そんなものたちが微塵も入り込む隙のない完全で完璧な、容赦ない空洞。僕たちの希望。アイデンティティの親。
 
いつからかでくの坊みたいに突っ立ってる塔の周りに頑丈な塀を作って、その外で狼を殺す仕事をしている。狼は優しくて賢い動物だから。
そうしている間僕は健康であり続ける。